辞書オタクの本

オックスフォード英語辞典に多大な貢献をした言語オタクを訪ねてみると、キ●ガイ病院に監禁された米国陸軍医だったというセンセーショナルなお涙頂戴裏話以外の魅力が大きい本。どういった背景からこの英語辞典という一大事業が始まり、どのように運営されていったのかの詳細が語られ、丁寧なリサーチを積み重ねる執筆姿勢には、編纂チームの生真面目さとそれへの憧憬を垣間見る。

コンピューターのない時代に、70年かけて教養人のネットワークがオープンソース開発のようにして行った単語帳整理術とでもいおうか。辞書が「誰でも分かるイケてるキーワード集」から「現代把握されている英単語のデータベース」に生まれ変わっていく背景には、大きなコンセプト変更があったのだと教えられる。そこには、コンピューターを介さないInformation Technologyの萌芽とでも言うべき方向転換があり、膨大な作業量の担い手として、自発的かつ貢献度もまちまちな素人ボランティアを情報収集ネットワークとして当然のように機能させたというおもしろい事実がある。オープンソース開発が現在の形になっていく必然を、19世紀後半の辞書編纂にすでに見る思いがする。

ナンバーワンGeekが社会的落伍者だったというのがオフ会で露見したようなものだと思えば、この二人の博士の数奇の邂逅もさもありなんと思える。冒頭のニュースがセンセーショナルなのは20世紀までの話し。人の出会いって、ひとつひとつの偶然が必然となって絡み合った結果なんだなと、間を一世紀とばして妙に納得する。

博士と狂人―世界最高の辞書OEDの誕生秘話 (ハヤカワ文庫NF)

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