独裁者の本

ありあまるチョイスの中からどの本を読むかは、多少なりとも時勢に左右されるのが人の情。自衛隊ソマリア派遣のころに「ブラックラグーン」を見たくなるのと同じような動機で、北朝鮮が不穏になると「毛沢東の私生活」を読みたくなった。

経済学だのマルクス主義だのを習った時に、どこにもお隣の国中国の社会主義の匂いに共通するものが無い気がするなーと思っものの、母に「江青がビッチでどうしようもなかったのよ」と言われ、妙に納得してしまったのは昔。その時は深追いしなかった謎が、毛沢東を私生活側から丸ごと振り返ることで氷解した。確かに、江青の政治活動は「お前の母ちゃんデベソ」と「バカって言ったお前がバカ」という小学生の喧嘩ロジック2種に還元されるイジメでしかなかった。建国後の毛沢東といえば、政争においては冴えた勘の持ち主だけれども、どうしても科学的なものの理解ができない・したくないという頑固さから、良くも悪くも中国史書世界レベルの人にとどまった。むしろ史書の英雄を目指し、勝者となる事だけに固執した下克上ゲームのプレイヤーでしかなかった。社会主義に夢見た世代には悪いけれど、マルクス主義その他そっち系の思想って、目的とは相反して理解に際して高い教養レベルを必要とするのが致命的な欠陥なんだねと。この病んだ夫婦に中国の億単位の民が振り回される約20年の歴史については、どれだけスジが通らなくとも、信じ難くとも、すでにおこってしまった話として読んでおかなければすまないとさえ思うノンフィクションでした。

もちろん、著者である主治医の李博士の立場から描かれているので、毛沢東ニュートラルな評価であるわけはない。でも、ニュートラルな評価なんてそもそもないのだから、空気のような視点や、当人の脳内に住む小さな宇宙人のような視点で語られる自伝よりは、利害ある他人からの真剣な観察を読むほうがよっぽど実がある。3P好きな毛沢東、ママンのおっぱいに顔をうずめて泣く林彪、驚いてお漏らししちゃった周恩来、それぞれセンセーショナルかもしれないけれど、そんな人たちとの付き合いに自分と家族の生死を天秤にかける毎日から絶対に逃れられない一生を過ごすなんて笑えもしない。ずっとつけていた日記を保身の為に一度燃やし、毛沢東の死後にまだ覚えているうちに再構成したメモから書き起こされたにしても詳細に渡るこの本、自分には絶対書けない事をちょっと感謝した。

北朝鮮でも今似たような事が起こっていて、こんな本が数年後に出たりするのかしら。ねー。

毛沢東の私生活 上 (文春文庫)

毛沢東の私生活 上 (文春文庫)