紀州の本

久々に大学の部活でいっしょだった人たちで集まったが、話題に欠いた。現役学生の頃は、新歓だ追い出しだと、しょっちゅう社会人の先輩とも飲んでいたが、今考えると先輩達はぼさーっとした後輩にむかってあれやこれやとアプローチしていてくれたんだと気づく。議論をふっかけたり、あおるようなタンカを切ったり、最後は店の外まで喧嘩で出ていって鼻血を出したり、そういう香ばしい人ばかりが先輩にいたせいかもしれない。
ミュンヘンに留学している先輩と初めて会った飲み会では、「おまえ、おもしろい奴だな」と言われ、「この3冊をこの順番に読みなさい」と、その場で書いたメモを渡された。「中上健次『岬』『枯木灘』『地の果て至上の時』」そのままミュンヘンに帰ってしまう人だから、私から感想を聞く気もないのだが、とにかく読めと。そして絶対にこの順番を守れという。
その時自分が何を言ったのかさえ覚えていないので、彼がなんで中上健次を薦めたのかは分からない。薦められた三部作が見つからないのでまず読んだ「賛歌」は大層おもしろかった。神のように美しい身体を備えたジゴロのセックスと彼がそうある理由のすべてが書きつづられている。確か、後から「岬」や「枯木灘」も読んでいったのだけれど、最初に読んだ「賛歌」の印象が強いもんだから、誰かに薦めてみようだなんてシャレた衝動がおこった試しがない。
ところが、ある日読む本がなくて人の部屋を漁っていた弟が勝手に読んだらしく、酒の席で「なんじゃこりゃあ!ってビビったなー。あれはキレてるなぁ。」なんて言っていた。彼が同じ本を楽しめる感性を備えているのはちょっと嬉しい。しかし、感想を表現するボキャブラリーに著しく欠けていて、「コサノオバがよー、ヤバくね?」というのを聞いて先輩が自分に感想を求めなかった理由も推察した。

讃歌―中上健次選集〈8〉 (小学館文庫)

讃歌―中上健次選集〈8〉 (小学館文庫)