作家の家の本

崇め奉られまくられている作家の裏の顔を暴いた上で再評価するというやり方に触れたのは、これまでに二回紹介した嵐山光三郎の本が初めてではない。みんなに「前ちゃん」と呼ばれて親しまれていた高校の現代文の先生が先だったし、印象も鮮烈だ。鬼瓦みたいな顔にばさばさ頭で、校則破りは見逃さないおっかない先生だが、授業は大変におもしろかった。現代文についてはおろか、恋愛まで桃井かおり調で語るのだから女子高で人気がでないわけがない。
授業も様々で、「天上の花」を朗読するだけという日もあった。これは三好達治萩原朔太郎の妹との無残な恋愛を朔太郎の娘である萩原葉子が書いたもの。美人だから惚れた相手を拝み倒すようにして同棲を始めたものの、どうして愛してくれないのだとなじる三好と、貧乏人を毛嫌いしているくせに田舎でのおいしいご飯に釣られる葉子の叔母慶子との行き違いに、女子高生の私達は笑った。そして、その美しさに惚れた相手の顔を下駄で殴る(イタタ)三好に「何が『太郎の上に雪降りつむ』(←三好の詩はこれしか知らない)じゃ〜っ」って憤慨した。子供をおもう詩を書いて愛人殴ってりゃ世話ねえよ。でも、今読み返してみると三好のほうが痛ましい。そしてこれを書いた萩原葉子がかなり痛々しい。
前ちゃんの授業は楽しく、指導は厳しかった。優等生がテストで40点台をもらって悲嘆にくれているのをザマアと思って見ていたら、自分は25点だったりした。頑張れば評価される中学生的勤勉の奨励から解き放たれて、高校生的自立思考を求められてみんな戸惑ったわけだが、誰も楯突けないカリスマと演劇的な間合いを備えていた。おかげさまで自己陶酔から批評へ、無理やりにでもシフトさせられ今日に至る。前ちゃんがいなかったら、自分が今一番嫌いなタイプの人に成人してしまったかもしれないと思うと恐ろしい。

花笑み/天上の花 (新潮文庫 は 5-2)

花笑み/天上の花 (新潮文庫 は 5-2)