美男の本

サンフランシスコ空港のゲートで、優雅この上ないの美男の中国人が向かいに座っていた。身長は180cm台後半だろうけれど、軽く組んだ足の長さからもっとあるかもしれないと思わせるほど。端正な顔立ちとピタっとなでつけた髪は「モデルのように」綺麗な上、中国人である事を主張している(ように見えた)けれど、モデルっぽさは感じられない不思議な人だった。ビジネスマンのような堅実さを印象付けるカバンを持っているのに、ベージュと紺の配色が洒落ているニットのポロシャツと同素材同配色のパンツという出で立ちにはカジュアルさの中にも緊張感が伴っていて、何者とも判断つきかねた。アメリカというオシャレ後進国でこんなに格好良い人を前にした事はなかったので、オシャレ=ゲイかな?とは思ったものの、彼の持つ「見る者をドキドキさせる音律」は対象者を限定していないように感じた。そして、彼は携帯電話を取り出し、ナマリの無い美しい英語を深い心地よい声で話しだした・・・。ギャフン!

そんな昔の事を思い出したのは、高村薫の「李歐」にスパイで殺し屋でゲリラのリーダーで金融ブローカーという美しい中国人が出て来たから。それが李歐。ファルセットボイスで歌い踊れば、女に見えるほど美しく、裏切り者を吊るす冷酷さも持つ・・・こんな少女漫画にしか出てこなさそうな美男に惹かれるのは主人公の男子ならずともといったところ。これを男が男に惚れる男色小説でしかないというのなら、了見が狭い。高村薫が李歐の持つオーラを彼が放つ「音律」として魅力的に描き切っているのが素晴らしい。ただの見目麗しい人間を絶世の美男美女にまで引き上げるのは、独自の音律を持っているか否か、それが誰にでも届くほど強い波長を持っているかどうかだと思う自分は、まんまと李歐の虜になりましたよ。暗い人生を歩む主人公の日本人男子と彼の感覚についてのしつこい描写など、高村小説のお決まりも健在。しかし、李歐の生命力に引きずられるようにして大団円を迎えるラストは、お決まりに反したハッピーエンドというサービスぶり。

李歐みたいな強力な魅力を備えた美男が存在する確率は?例えば万分の一の確率だとしても、中国には13万人いるわけで。中国旅行が楽しみになって来た!

李歐 (講談社文庫)

李歐 (講談社文庫)