写真の本

好きな色は?趣味は?などとプロフィール的な事がパパっと答えられない自分が、尊敬する人と聞かれたらスーザン・ソンタグと答えようと思ってから少したつ。そのソンタグが去年の冬に亡くなっていたのを今更知った。ガーン、影の崇拝者失格。真夏の暑さの中で感じる喪失感が、フェチってしまいそうなくらいにエグい。オエー。

数年前に某巨大掲示板で「アメリ中道左派の鬼婆」と書かれているのを見て、意外と日本でもなじみがあるのかと思ったのに、「普通に」会社員をやっていると批評家、小説家または社会派コメンテーターとして彼女の名前を聞く機会は多くなかった。というのは言い訳で。3年飛び級して最高学府のトップを渡り歩いた秀才が、難解なボキャブラリや言い回しを濫用せずにストイックな見解を明解に展開するパワーには何度もハラワタをどるんどるんさせられたもんだ。(遠い目)

「写真論」という和訳も出ている「On Photography」は、写真の出現以来、写真がどのように撮られ、とらえられてきたのかを、平易な英語でつづった秀作。ありがちな美学的理想(べき)論や、傑出した作品事例への感想など、川上と川下のどちらの澱みにも留まらないよう、繊細な批評を繰り広げながら中間を泳ぎ続けている緊張感がある。写真なり、美術作品なりを感覚で捕らえた時に、ちょっとでも「ざわっ」とキタ事をないがしろにしないで、そこから思考を押し広げ、あわよくば批評に昇華させる技術を習得したのはソンタグを読んだ頃じゃなかったかと思う。ソンタグのインテリジェンスを羨み、theoretical bullshitだと言ってそっぽをむくのはたやすい。でも彼女が自らに強いた批評のあり方に目をとめると、批評というフィールドのずっと先で全力疾走している大先輩を尊敬するしかなくなる。

3月の葬送イベントにはアニー・リーボビッツやパティー・スミスなどが参列。各界のそうそうたる鬼婆フィギュアが集まったようで。ソンタグほど気高いオーラをまとった鬼婆になれたらなーと夢見ることを追悼に代える事にします。


On Photography

On Photography